ゲームの歴史.7 「1990年~高級ハードNEO・GEO、セガの携帯ゲーム機ゲームギア、マリオやゼルダが発売されたCD-i、3DOまで」

ゲームハードの歴史

コンピューターゲームの歴史

前回

ゲームの歴史.6 「1989年~任天堂の一強の時代、高騰するソフト価格、ソニーとスーパーファミコンの関係性まで」
コンピューターゲームの歴史 前回 1989年 ゲームボーイ ゲーム&ウオッチの次世代機として開発された1989年4月21日に発売された携帯型ゲーム機。 価格は12,500円。 横井軍平が開発(のちに...

1990年 NEO・GEO

SNKがアルファ電子(後のADK)の協力を得て開発した

業務用ゲーム機(アーケードゲーム)と、完全互換性を持つ家庭用ゲーム機。

 

 

当初は家庭用向けとして開発が進められたが、後に業務用にも流用されることになった。

 

家でもアーケードゲームがそのまま遊べるということで話題になりました。
業務用と完全に同じクオリティのため基盤を買うような
マニア層には絶大な人気を得たようです。

 

しかし、デメリットとしてロムカセット交換式なのに

カセットの値段は1本2万円以上と超高額になっていました。

(子供では買えない大人のマニア向け商品になってしまっています。)

 

復刻ハードブームの流れに乗じて、
2018年7月24日には「ネオジオmini」という商品が発売されています。

1990年 ゲームギア

セガが1990年10月6日に発売した携帯型ゲーム機です。

ゲームボーイが1989年4月21日なので、そこから1年半ほどで登場したことになります。

国内で178万台、全世界累計1,043万台を販売しており、

実はPSP登場まで任天堂以外の携帯ゲーム機として最も普及したハードでした。

 

価格は19800円。(当時にしては少々お高め)

 

ゲームボーイに対抗しカラー液晶+バックライトを備えていることが特徴的。

暗い中でもゲーム画面が見えるので子供たちは歓喜したのです。

 

 

なんと外付けのテレビチューナーが発売されており、

いつでも、どこでもテレビが見れたのです。

 

当時にしては超画期的な発明です。

 

 

TVCMではカラーをプッシュするため

「で、ヨウヘイ君は白黒なの?つまんないね」
「やっぱゲームはカラーじゃないとつまんない」

と白黒(ゲームボーイ)を皮肉るようなセリフを入れていました。

(任天堂に喧嘩を売るとは恐ろしい)

 

コカ・コーラとペプシの対立CMは有名ですが、

日本企業でしかも国内CMでライバルを煽るとは珍しいですね。

 

 

※最近ゲームギアミクロなる復刻ハードが発表されました。

 

セガ

ゲームギアミクロ レッド


ゲームギアミクロ イエロー


ゲームギアミクロ ブルー

 

1991年 CD-i

PhilipsとSonyが提案したマルチメディア機向けのCD拡張規格。(厳密にはゲーム機ではない)

 

1991年10月に「CD-i」プレイヤーが発売され、

Philips製のプレイヤーにはゲーム機として使用するためのゲームパッドが付属された。

 

任天堂がスーパーファミコンで使用するCDの開発をPhilipsと行っていたことから、

その延長で

「CD-i」にて任天堂キャラクターを使ったゲームを開発するライセンス

を得ていました。

 

そして、その結果誕生したゲームが存在します。

 

それが「 Hotel Mario 」、「ゼルダの伝説CD-i3部作」である。

 

ゼルダの伝説の内2つはゼルダ姫を操作できる貴重なソフトである。

横スクロールだったり、背景の当たり判定がおかしかったりとゲームとしてはかなりひどい完成度。

Zelda: The Wand of Gamelon (CD-i) Playthrough – NintendoComplete

 

ホテルマリオはステージ内にある扉を全て閉じるというゲームである。

まだ、ゼルダよりはましですが、マリオである必要はとても薄い。

Hotel Mario Game Sample — Philips CD-i

 

「Super Mario‘s Wacky Worlds」というスーパーマリオワールドの素材を使用した
2Dアクションのマリオも開発されていたが当然開発中止になりました。
当然ですね…。

1993年 レーザーアクティブ

パイオニアより1993年8月20日に発売されたレーザーディスクプレイヤー。

 

前面に専用パックを取り付けることにより

「PCエンジン」もしくは「メガドライブ」

のゲームを遊ぶことができるのです。

 

 

正式にはゲーム機ではないという理由で、

通常の家庭用ゲーム機ではめったに発売できないアダルトゲームも発売されました。

(後にセガサターンが禁忌を破りますが…。)

 

発売されたゲームのほとんどがLDゲームと呼ばれるタイプのゲームであった。

動画に合わせてボタン入力をすることで映像が成功、失敗パターンに分岐していくゲーム。

昨今のゲームでいうQTE(Quick time event)に該当するものです。

 

(昨今といいつつ、もうほどんどみないですが。

バイオ4とかの画面にAボタンを押せって出てくる系ゲームのことです。)

1993年 Atari Jaguar

ATARIが1993年に発売した家庭用ゲーム機。

64bit級のゲームシステム(?)である。

 

▽実際のゲーム画面

うーん、画面だけ見ると、どう見ても64bitのゲームには見えません。

何故こうなったかというと、ジャガーの設計上、

CPUが多く結局どれがメインCPUか判断できない(しにくい)構造になっていた為である。

 

実質的な性能はスーパーファミコンとプレイステーションの間と言われています。

 

DOOMやウルフェンシュタイン3Dなどが移植されていたが、

グラフィックはキレイなのにBGMがなかったりと中途半端な移植が多かった。

 

64bitという謳い文句にも関わらず低い品質のソフトの多さにユーザー

は失望し本体の売上は悲惨なことに・・・。

 

結果、ATARIはジャガーを最後にゲーム機市場から撤退することとなった。

1994年 3DO

3DO社が提案したマルチメディア用規格。

ゲーム機として使用できる「3DO REAL」が有名。

 

「3DO REAL」北米で1993年、日本で1994年に発売。

 

北米では伝説的なゲームクリエイターでありEAの創業者トリップ・ホーキンス

が製作したハードとして、日本では松下電器が発売したハードとして有名です。

 

EAが事実上のセカンドパーティとしてソフトを展開していましたが、

パナソニック(松下電器)がハードの販売のみで利益を得る必要があったために

通常のゲーム機のような販売戦略を取ることができず、あまり普及しませんでした。

 

3DOのキラーソフト

ポリスノーツ:小島秀夫作品。映画的演出を取り入れたアドベンチャー。CS初移植である。

D食卓:脚本は飯野賢治。フル3DCGのグラフィックが評価された。全世界で100万本を販売。

ストリートファイター2X:当時は3DOでのみ遊べた。3DOで初めて週販ランキング1位を獲得。

 

 

※実はメタルギア3は3DO向けソフトだった?

メタルギア3:3DO向けに開発されていたが阪神淡路の地震の影響で延期、

その後3DOの市場規模が小さくなったためPSでソリッドとして発売されることになったのです。

 

 

 

★次回

プレイステーションやセガサターンのお話。

タイトルとURLをコピーしました