ゲームの歴史.3「1976年~ 初めての携帯用ゲーム機・ハードが徐々に普及するまで」

ゲームハードの歴史

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コンピューターゲームの歴史

1976年  Mattel Auto Race

Mattel Electronicsが発売した世界初の携帯型電子ゲーム機

内容はLED画面を使用したレースゲーム。

車の形が書かれたスイッチを左右に動かしハンドル操作。

ギアを操作してスピードを上げることができる。

仕組みを流用し、フットボールやベースボールなど様々な派生作品が発売されました

Mattelは後にNES(ファミコン)にてパワーグローブを販売する。

1977年 テレビゲーム15 / テレビゲーム6

花札やトランプの製造販売を行っていた任天堂」

マグナボックスからライセンスを取得し三菱電機と共同で開発し、販売。

当時の任天堂、山内社長は

「値段さえリーズナブルなら絶対いける」と考え、

一万円を切る値段で販売する戦略を編み出した。

一万円を切るために2つのバージョンを用意した。

この二つの基盤は同じものでソフトの切り替えスイッチを潰すことで違いを出していた。

テレビゲーム6は9800円で発売されたが単独では赤字であり

テレビゲーム15を本命として売り出す利益を得たようです。

また、トランプや花札の販売を行っていた利点を活かし、流通ルートを確保して展開しました。

任天堂のカラーテレビゲーム15

1977年  Video Entertainment System(VES)

 

ATARIが『PONG』にかわる家庭用ゲーム機として「ステラ」のコードネームで開発。

1977年11月に「Video Computer System」として発売

発売当初は、チャンネルFの競合もあり売り上げは芳しくありませんでした

しかし、その後プログラム仕様を公開しサードパーティーによるゲームソフトの

開発・販売を可能としたことにより市場を独占する程の売り上げを達成したのです

(今でこそソフトのみを開発するメーカーが当たり前のように存在しますが、

ここで初めてハードメーカーではないソフトのみを開発する会社が生まれることになります。)

残念ながら、
このサードパーティーの参入により後にATARIショックという大問題を引き起こします。

日本では1979年にエポック社から「カセットTVゲーム」  として輸入販売されました。

販売価格57,300円。

コントローラーはジョイスティック型。光線銃も発売。

 

1978年 インベーダーブーム

タイトーが1978年に開発したシューティングゲーム。

一大ブームを気付いた日本では最初のゲームと言っても良いのではないでしょうか。

 

テーブル筐体が特徴。

喫茶店に置かれることでゲームを遊んでいなかった層にも

遊べる環境を提供することができた為、認知度が上がりました。

1980年 インテレビジョン

Mattelが1980年に発売した家庭用ゲーム機。

当時ヒットしていたAtari2600(VCS)よりも高性能であることが特徴です(16ビット機)。

アメリカでは一定の市場を確保しました。

 

左:VCS 右:インテレビジョン
ここまでグラフィックに差があれば綺麗な方で遊びたくなりますね。

 

コントローラーは電話のような配置になっていました。

また、ゲームごとに操作ガイドとして上にシートを被せることができます

日本では1982年に発売され、CMにビートたけし(ツービート)を起用

価格は49,800円

1980年 テレビベーダー

エポック社が1980年に発売した家庭用テレビゲーム機。

価格は16,500円

 

インベーダーを移植したゲーム機は多々あったが

他社がカセット交換式のゲーム機で価格が5万円するものを販売している中、

インベーダーのみとはいえ16,500円で販売した為かなりの普及を見せました

ゲームそのものの移植度は高いですが、性能が足りずに

グラフィック面では自機に最も近い列の敵のみを表示するという手法を取っています。

その為、敵を倒すと後ろ側にいた敵が表示されることで後退しているように見えてしまうのです。

カセットビジョン「バトルベーダー」 (1982年/エポック社)

 

1980年 ゲーム&ウオッチ

任天堂が1980年より発売した携帯型液晶ゲーム機(任天堂初)。

1ハード1ソフト構成であり入れ替えはできません。

ゲームをしない間は時計として使用することができるため、このような名前になりました。

オリジナルゲームのほかにミッキーやポパイなどの他社の版権キャラクターを採用したゲームも。

 

世界累計販売台数は4340万個。

ディスプレイに表示されるキャラクターは位置ごとに固定で

ゲームの進行に合わせてそれが表示される、されないの切り替え式だった。

任天堂おなじみの十字キーはゲーム&ウオッチで初めて搭載されました

横井軍平が、新幹線の中で暇潰しに電卓のボタンを押して遊んでいる人を見て発案したとされています。

ゲームボーイやニンテンドーDSなど様々なハードでリメイクタイトルが出ていますので

今でも触れる機会も多いでしょう。

ゲームウォッチ国内外50タイトルを一挙に紹介!【GAME & WATCH】!

 

1980年 LCDゲーム

ゲーム&ウオッチのヒットから類似した携帯ゲーム機が大量に発売されました。

性能もゲーム内容も酷似していたため、当時品薄だった「ゲーム&ウオッチ」の代変品として売れたようです。

CMに所ジョージを起用していたメーカーも

1980年 FLゲーム

LCDゲームに近いが発光管(FL)を使用しており大型化がしやすくカラフルな表現が可能。

ただし、消費電力は大きいのが難点。

パックリモンスター、クレイジークライミング

といったいわゆるパクリゲームが多かったのです。

CMにビートたけしを起用したものもありました。

 

1981年 カセットビジョン

エポック社が1981年7月30日に発売したカセット式の家庭用ゲーム機。

日本ではファミコンが登場するまでの間最も売れた家庭用ゲームハード。

(約45万台を売り上げました。)

性能は1977年に発売されたVCSよりも劣っていました。

本体価格が12,000円と価格帯が普及の要因ではないでしょうか。

 

カセットビジョンは本体に電源と操作部だけを搭載しており、

CPUはロムカセット内に搭載するという奇妙なハードだったのです。

 

1982年 オデッセイ2

世界初の家庭用ゲーム機「オデッセイ」の次世代機であり、

日本でも発売されましたが売り上げは芳しくなかったようです。

定価49,800円とかなり高額でカセットビジョンの安さとは比べ物になりません。

(高額ハードは今も昔も売れないのです…。)

1982年 コレコビジョン

1982年8月にコレコが発表した家庭用ゲーム機。

当時の業務用ゲーム並みのグラフィックと遊び方を楽しむことができるスペックを持っていました。

コントローラーはインテレビジョンに似ており

電話のような数字の配置とジョイスティックという奇妙な組み合わせ。

ハンドル型コントローラーも発売されました。

コレコはハードウェアの販売のほかにVCSやインテレビジョン向けの

ゲーム開発も行い、ビジネスのリスク分散を図っていたようです。

上記の経緯もあってか

ATARI2600(VCS)を動作させることができる外付けアダプターが発売されていました。

(ちなみにアダプターがなくてもATARIのコントローラとの互換性があるという謎)

またコレコは、任天堂を許可を得た上で「ドンキーコング」を本体に同梱しました。

任天堂が他社ハードにゲームを提供した数少ない例となります。

(CD-iなどにもブランドを提供したことがあったりします。中々な低クオリティなゼルダなど…)

 

1982年 ATARI5200

「ATARI VCS」の後継機。

コレコビジョンの登場により、それを追従する形で投入された。

5200が発売されたことによりVCSは2600と呼ばれるようになった。

圧倒的普及台数のVCS。

その後継機種であるがヒットには至らなかったハードです。

発売されるゲームがVCSの焼き直しであったり、

ライバルであるコレコビジョンのヒットなど様々な要因がありました。

後継機であるが本体には互換機能がなく

外付けのアダプターを装着することで互換機能を持たせていたのもネックだったのかもしれません。

(コントローラーはテンキー仕様、当時は流行っていたのかもしれない)

おまけ 1978~83年 ゲームセンターあらし

テレビゲームを題材としたメディア作品

攻略を題材とした当時としては画期的なテーマの少年漫画でした。

テレビゲームの知名度を上げることに一役買ったのです。

 

★次回

 

ゲームの歴史.4「1981年~ ファミコンからアタリショック事件~セガマーク3まで」
前回 コンピューターゲームの歴史 1981年 カセットビジョン エポック社  が1981年7月30日に発売したカセット式の家庭用ゲーム機。 (エポックといえばシルバニアファミリーで有名ですね) ...
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