ゲームの歴史2「1971年~ゲームのための機械が生まれてから」

ゲームハードの歴史

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ゲームの歴史.1「1912年~コンピューターゲームが生まれるまで」
コンピューターゲームの歴史 ゲーム会社で働くことを目指している人やゲームマニアに向けた記事です。 ゲーム会社で働く上でゲームという産業がどうやって成り立ったのか、 どんなハードがあったのか、流行のタイトルはなんだったのかなどな...

コンピューターゲームの歴史

1971年 コンピュータースペース

世界初のアーケード用コンピューターゲームとされています。

「スペースウォー!」の魅力を知ったブッシュネルが

施設で稼動させるコンピュータゲームとして考案しました

ゲーム内容はスペースウォー!と同じですが、こちらは1プレイ専用

1971年10月にアーケードゲーム業界ショーで発表、そして発売もされました。

残念ながら商業的には失敗に終わったのです…。

Computer Space Arcade Game (1971, Nutting Associates)
なぜ失敗に終わったか
・説明書を読まなければ理解できない難解なゲーム内容。
・ベクタースキャンで描画されていたスペースウォー!と違い
家庭用テレビに出力したため映像がぼやけていた上に
キャラクターを画面上に多く表示していたため処理速度が遅くなっていた。
といった理由が挙げられている。

 

ブッシュネルは後にビデオゲーム会社「ATARI」を設立することになります。

1972年 オデッセイ

世界初の家庭用ゲーム機

ラルフ・ベアがマグナボックス社から発売。

ブラウンボックスから5年後に製品化が決まり、1972年5月に発売されました。

CMの影響で「マグナボックス社のテレビでなければ遊べない」と思われてしまい

ある程度は売れたが商業的にはヒットと言えるものではなかったようです

カセットが存在するがゲーム自体は本体内蔵であり切り替えスイッチの役目をするだけという残念仕様

チップやスコア表、サイコロなどの複数の付属品があった。
スコア表はゲーム内でスコア計算が行われないため付属されている。

またゲーム画面は点のみで構成されたグラフィックのため寂しいものでしたが、

それを補うためにゲームごとにテレビに貼りつける色付きのシートが付属していました。

Odyssey – Angry Video Game Nerd (AVGN)

 

1972年 PONG

オデッセイに影響を受けブッシュネルが

世界初のコンピュータゲーム会社であるATARI社を創業

オデッセイのテニスゲームをヒントに1972年11月「PONG」を発売。

約一万台が生産されたといわれており、商業的に成功した最初のゲームとなります。

その後、オデッセイのマグナボックス社に訴えられ法廷外和解の結果700,000ドルを支払うことになりました。

 

オデッセイのテニスゲームと違い「点数表示」が存在し、

ボールの角度や速度が一定でないなどゲーム性が増しています。

またオデッセイには存在しなかった効果音が再生が可能となっています。

1972年 ポントロン / エレポン


日本初のテレビゲームとして

セガ(SEGA)が『ポントロン』、タイトーが『エレポン』をほぼ同時期に発売。

ゲーム内容は『PONG』のコピーゲームでした・・・。

(エレポンはエレクトロニクスピンポンの略らしい)

セガはテレビゲーム参入の前に、ペリスコープというアーケードゲームを販売していました。
元はジュークボックスの輸入・納品代行会社として設立。

1975年 テレビテニス

1975年9月12日エポック社が発売したPONGを家庭用テレビで遊ぶ

日本初の家庭用テレビゲーム機

価格は19,500円。

 

なんとオデッセイのマグナボックス社と技術提携し開発しています。

 

UHF電波を使ってワイヤレスで操作可能という珍しい仕様であった。

スコア機能がなかったため本体にカウント用ダイヤルが付いていた。

1976年 フェアチャイルド・チャンネルF

1976年8月にフェアチャイルドセミコンダクターより発売されました。

世界で初めてROMカートリッジを搭載したゲーム機

 

価格は169.95ドル。1977年10月に日本でも販売。

価格は本体が128,000円、カセット9,800円で非常に高額な値段でした。

 

当初このゲームは「Video Entertainment System(VES)」

として販売されていたが翌年ATARIが「 Video Computer System(VCS) 」

を発売したため名称を変更したようです。

 

画面解像度は128×64ドット、カラーは8色。

 

1976年 ブレイクアウト(ブロック崩し)

 

  BREAKOUTは日本ではブロック崩しとして知られているゲームです。

ATARIが開発。

日本ではタイトーがいち早く発売した。

さらにタイトーはボックス式しか無かった筐体に対し、新たにテーブル式筺体を開発します。

『ブロックくずし』で日本では多くのメーカーがビデオゲーム市場に参入することになります

 

日本で発売された時はテニスや卓球のイメージに置き換えられていた。

Breakout – (1976) – Arcade – gameplay HD
後に、アップルコンピュータを設立する
スティーブ・ジョブズが回路の部品減らしに関わっています。

 

★次回

ゲームの歴史.3「1976年~ 初めての携帯用ゲーム機・ハードが徐々に普及するまで」
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