ゲームの歴史.9 「1996年~ ニンテンドー64~アップルの失敗ゲーム機ピピンアットマーク、セガのハード事業撤退~ワンダースワンまで」

ゲームハードの歴史

コンピューターゲームの歴史

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ゲームの歴史.8 「1994年~アダルトゲームが発売されたセガサターン、FFDQが登場するプレイステーション、任天堂の黒歴史バーチャルボーイまで」
コンピューターゲームの歴史 前回 1994年 セガサターン 1994年11月22日にセガが発売した家庭用ゲーム機。 名称は、セガの6番目の家庭用ゲーム機ということから太陽系第六惑星の土星から付けられました...

 

1996年 ニンテンドー64

 

 

1996年6月23日に任天堂が発売した

スーパーファミコンの後継機にあたる家庭用ゲーム機。

プレステーションやセガサターンなど同時期の

主要なゲーム機から大きく遅れての発売となった。

その代わりとして性能は同時期ハードの中でもトップである。

Zバッファを初めて家庭用ゲーム機として採用した。

コントローラーに大きな特徴のあるハードで、3D(サンディ)スティック

と呼ばれるスティック型の操作ボタンを用意しポリゴンを使用した3Dゲーム

をより遊びやすくなっていた。(後にPSなども後付けで3Dスティック対応する。)

 

N64はプレステーションやセガサターンの中で最も売れなかったゲーム機である。

前世代NO1のスーパーファミコンの後継機であるN64が何故このような事態に陥ったのか

原因はいくつかあるが、最大の要因はCD-ROMに対応しなかったことである。

CD-ROMが使えないため容量不足に悩んだサードパーティはPSやSSに移行した。

ファイナルファンタジーやドラゴンクエストなど主要タイトルを逃したのは大きな痛手であった。

また、「CD-ROMが使えない」「特殊すぎるコントローラを採用してしまった」こと

により当時流行っていたマルチプラットフォーム展開の恩恵も受けることができず

大きく伸び悩む要因となってしまった。(N64でこのような事態を招いているにも

関わらず、Wiiで同じことを繰り返して週販台数を逆転されてしまったのも感慨深い)

 

ニンテンドー64 代表的ソフトウェア

 

スーパーマリオ64

マリオ初の3D作品。ロンチタイトルながらも

高い完成度で3Dソフトのお手本となった。

本編とは無関係だがマリオの顔をいじるのが面白い。

ゴールデンアイ007

人気映画を原作としたFPS。

ステージ1つ1つのクオリティが高くマルチプレイが熱い。

この作品で初めてFPSに触れたという人も多いのでは。

セルダの伝説 時のオカリナ

シリーズの中でも名作と言われる作品。

3Dになって謎解きも新しくなった。

Z注目システムがとても便利。

ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ

任天堂キャラ大集結のカービィの桜井さんが手掛けた作品。

従来の格闘ゲームと違い画面外に「ぶっとばす」

というルールのシンプルさで誰でも遊べるようになっている。

ポケモンスタジアム

使えるポケモンはたった40匹だが、

子供達にとってポケモンが3Dになった感動は大きかった。

金銀バージョンが後に発売された。

 

マリオカート64

224万本を売り上げた64No1ソフト。

3Dスティックとレースゲームの愛称は抜群。

ワリオがマリオカートに初参戦した作品。

 

1996年 ピピンアットマーク

バンダイがアップルコンピュータと共同開発したMacintosh互換の

マルチメディア機。モデムを標準で搭載しているため

インターネットに接続し、通信を行うことができる。

ネット接続が可能であり、先進的なハードではあったが

発売当時インターネットが普及している状態とは言えず

結果的に全世界でたったの4万2000台しか売れず

最も売れなかった家庭用ゲーム機として記録に残ってしまった。

このハードによってバンダイは65億円の赤字を抱えることとなる。

経営不振からバンダイとセガ合併の話も持ち上がるようになるが、

たまごっちのヒットにより合併は破談したという。

 

1998年 ドリームキャスト

セガが発売したネットワーク対応家庭用ゲーム機。

セガサターンの次世代機であるが、ソニーの

プレイステーションに対抗すべく早期に投入された。

 

「セガなんてだっせーよな!プレステのほうがおもしろいよな!」

というわざわざソニーに許可を取ってまで流した自虐的なTVCMで話題を呼んだ。

CM ドリームキャスト 湯川専務シリーズ

 

話題にはなったがGPU「PowerVR」の生産が追い付かないなど需要に対して

供給できない状態が続き、シェアが思うように拡大できなかった。

この初期のハード展開の失敗によりサードパーティのソフト供給は少なくなり、

ハードの売上も伸びなくなるという悪循環を生んでしまった。

 

インターネット機能の標準搭載など他ハードにはない売りを持っていたが

当時はインターネットがそれほど復旧していたとはいえず、

「ファンタシースターオンライン」など魅力的なタイトルもあったが

本体の売り上げを伸ばすまでには至らなかった。

DC撤退後XBOXの話を聞いた大川功はビルゲイツに直接「XBOXで

DCの互換を搭載してくれ」と頼んだが、XBOXがネットワーク環境を

考えておらず、この結果破談となった。

 

ドリームキャストが撤退を発表したのは2001年と発売から3年あまりでの発表であったが、

その後のソフトウェアは発売され続け2007年まで新作が発売されていたのである。

最後に発売されたのかSTG「カラス」

 

ビジュアルメモリ

セーブデータ保存用のメモリにディスプレイが付いておりミニゲームなどが遊べる。

こいつのせいでコントローラが重くて使いにくいという欠点も抱えていた。

 

 

ドリームキャスト最大の特徴であるオンライン対応ソフトウェア

ファンタシースターオンラインはセガのソニックチームが開発したネットワーク対応RPG。

マスターシステムやメガドライブで発売されていたファンタシースターシリーズの流れを汲む作品である。

ドリームキャストの時代でありながら国内の同時接続者数は最大で

2万6000人程いたといわれている。オンラインゲームの先駆けとなった作品。

 

セガはいつでも時代の先を行く

DC発売前のモックアップ紹介記事。

後年発売されたWiiリモコンは大成功しましたね。

 

ドリームキャスト撤退

生産が追い付かず供給が遅れたり、セガサターンとの互換機能がない、

コントローラーの形がイビツであるなど問題点を多数抱えたDC。

シーマンなどある程度話題性のあるタイトルは生み出せたが本体の

売り上げを継続的に大きく伸ばすようなキラータイトルは登場しなかった。

2001年1月24日にDC生産中止に報道がなされ、31日には記者会見を行い

セガはゲームハード事業から撤退することとなる。

撤退後、セガはソフトウェアメーカーとしてライバルだったソニーや

任天堂のハードにソフトを供給する。PS2には知名度の高いゲーム、

GCには中堅タイトル、XBOXにはマニア向けゲームを展開。

ドリームキャスト 代表的ソフトウェア

バイオハザード CODE:Veronica

DCのみで遊べるバイオとして発売され、DCNo2

の売り上げを記録したが、カプコン伝統の裏切りによって完全版がPS2やGCでも発売された

シーマン

奇妙な人面魚とマイクを使って会話する斬新なゲーム。

CMで「プレステに行きたくても行かせてもら

えない」とグチってたがDC撤退後PS2版が発売された。

サクラ大戦3 〜巴里は燃えているか

DCにハードを移しての初のサクラ大戦。

キラーソフトとして開発され製作費が増して

いる。3億円ほどかけたというOPがとても有名

ソニックアドベンチャー

アクションのソニックとしては初の3D作品。

44万本を売り上げたDCNo1ソフト。

ソウルキャリバー

当時はDCのみに移植されたソウルシリーズの格闘ゲーム。

美麗かつ滑らかに動くグラフィックが高く評価された。

 

シェンムー

70億円という莫大な開発費でギネスにも

載った作品。作りこまれた町並みの完成度

は高いが製作費の割に売り上げは・・・。

1998年 ネオジオポケット

 

SNKより1998年10月28日に発売された携帯ゲーム機。

携帯機でありながら格闘ゲームに適している

スティックを搭載しているのが特徴。

初代ネオポケであるモノクロ版はライバルであるゲームボーイのカラー版から

1週間後の発売、さらに5か月後にカラー版ネオポケを出すと事前に告知されていた為売り上げは芳しくなかった。(当然である)

まるでセガのような

「I‘m not BOY. 誰だってBOYを捨てるときがくる」という挑戦的なCMを展開した。

(こういうことをすると基本的に負けてしまうのが歴史の伝統)

 

1999年 ワンダースワン/カラー/クリスタル

バンダイが1999年3月4日に発売した携帯ゲーム機。

任天堂のゲームボーイを製作した横井軍平が大きく関わっていることが有名。

初代WSは4800円と安価だが、モノクロ液晶であり少々時代遅れだった。

 

流石に時代遅れだと悟ったのか2000年12月9日と1年足らずでカラー版を発売。

さらに2002年7月12日にはTFT液晶を備え外でも見やすいクリスタルを発売。

 

十字キーの代わりとなるボタンが2つ配置され右手持ちでも左手持ちでも遊べる。

任天堂と距離を置いていたスクウェアが参入し、FFなどのヒット作が移植され

ある程度普及はしたものの、GBに差をつけることはできず消えていった。

 

ワンダーウィッチという開発ツールが販売されメーカー公認でありながら

C言語やアセンブリ言語で開発ができることで注目を集めた。

未だにマニアの中では人気が高く再販もされている。

 

 

ワンダースワン 代表的ソフトウェア

 

ファイナルファンタジー1//

FFシリーズ初の携帯機移植。FF1の移植はWSNO1

の売上となった。当初は3の発売も予定されていたが開発中止となってしまった。

ロックマンエグゼWS

GBAで人気のアクションRPGをバンダイがカプコンの

許可を得て独自に開発。GBA版とは違い通常の

ロックマンと同じ2Dアクションゲームになっている

アーク ザ ラッド 機神伝説

アークザラッドシリーズ初の携帯機作品。

SCE制作のゲームだが当時SCEが携帯ハードを展開しておらず他社ハードであるWSで発売された。

GUNPEY

横井軍平が、任天堂から独立した後に監修した

パズルゲーム。遺作となったためタイトルがGUNPEYに変わった。DSやPSPに移植されている。

ギルティギア プチ

携帯機でギルティを遊びたいという

ユーザーの要望を受け開発。WSでもある程度対戦を楽しめる出来になっている。

 

スーパーロボット大戦COMPACT

スパロボシリーズのWSで展開したシリーズ。

ワンダースワンの開発がバンダイだからこそ出せる作品。

携帯機スパロボの定番となった。モノクロ版の後にカラー版も発売された。

 

おまけ

 

まだ続きます。

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